- •◯十五番(竹中栄雄)公明党仙台市議団の竹中栄雄です。議長のお許しをいただきましたので、大綱三点につきまして一般質問をさせていただきます。
◯十五番(竹中栄雄)
◯十五番(竹中栄雄)公明党仙台市議団の竹中栄雄です。議長のお許しをいただきましたので、大綱三点につきまして一般質問をさせていただきます。
初めに、デフリンピック支援と共生社会の推進についてです。
二〇二五年にデフリンピックの東京大会が、日本においては初めて開催されることになりました。オリンピック同様に四年に一度、世界的規模で行われる聴覚障害者のためのスポーツ競技大会で、一九二四年の第一回大会から数えて、今回が百周年に当たる節目の大会となります。
昨年ブラジルで行われたデフリンピックでは、コロナ禍でありながらも、七十三か国、二千四百十二人が参加、日本選手は陸上や水泳などを含め、金十二個、銀八個、銅十個で、過去最多のメダル三十個を獲得しております。
しかしながら、デフリンピック自体の国内の認知度は低く、二〇二一年に日本財団が調べたデフリンピックの認知度は一六・三%、同じ調査でパラリンピックは九七・九%です。デフリンピックのほうが歴史は古いのですが、日程がオリンピックに続いて行われ、オリンピック・パラリンピックとセットで周知されてきたことで大きな開きが出ております。
パラリンピックは身体に障害を持つ方の競技で、デフリンピックは聴覚に障害を持つ方の競技となります。パラリンピックは独自のルールで運営されるのに対して、デフリンピックの特色は、スタートの音や審判の声による合図を視覚的に工夫する以外、オリンピックと同じルールで運営される点にあります。また、コミュニケーションが全て国際手話によって行われ、音が聞こえる人とそうでない人が共同して大会開催を実現していくことで、コミュニケーションや情報のバリアフリーを推進し、一歩進んだ共生社会の姿を示していく試みが行われております。
いずれにせよ、障害を持つアスリートが挑戦する姿は、私たちに多くの感動を与え、スポーツがこれほどまでに心を動かすのかと再認識をさせてくださいました。
四年前、私が令和元年第四回定例会で御紹介した人工内耳装用の女子中学生、佐藤杏奈さんは、その後、無事に高校に入学、その後の活躍目覚ましく、二〇二二年、二年生のときに、全国ろうあ者体育大会in北海道で、デフボウリング全国大会女子個人戦で優勝、本年八月、ドイツで開催された世界デフボウリング大会団体戦で見事銀メダルを獲得いたしました。そして、つい先日、二〇二三福井での全国大会で優勝、二年連続の日本一に輝いたとのことであります。二〇二五年東京大会への期待も大きいのであります。
このように、デフリンピックが日本で開催されることを機に、デフスポーツやデフアスリートとつながり、知ることで、障害に対する理解をより身近に考えることになり、多様性のある社会、共生社会をつくり上げていく機運醸成になると考えます。障害の有無や種類を問わず参加できるスポーツやイベントを増やしていく機運は、地域の共生や多様性を深めていくと考えます。聴覚障害をはじめとして、障害者がスポーツや文化芸術に取り組む環境や基盤整備として、本市はこれまでどのような取組をしてきたのでしょうか、お伺いいたします。
昨年五月、国では、障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法が施行されました。本市でも、障害のあるなしにかかわらず、暮らしやすく活躍できるまちづくりのためには、飲食店や公園、施設など多くの市民が利用する場所においても、あらゆる情報のバリアフリーを推進していく積極的な取組が重要と考えますが、現状のお取組と、デフリンピックを見据え、今後のお取組について伺います。
例えば、本市においても、デフリンピックムーブメントを利用し、学校や幼稚園、保育所などの教育現場や福祉と連携し、手話を実際に体験したり、デフアスリートに触れる機会を通して、共生社会の構築のための啓発を進めるべきであると思いますが、御所見を伺います。
また、手話は言語であるという認識の下に、手話への理解促進を図り、地域に手話の使いやすい環境を構築することで、聴覚障害の市民が自立した日常生活を営み社会参加をすることなどを目的とした手話言語条例が、全国の自治体で成立をしています。宮城県でも令和三年四月に制定されましたが、本市市民にとっても普及啓発が急がれると思います。本市の取組について伺います。
既に、鳥取県ではデフリンピック応援宣言を行っております。本市においても、国際大会が日本で行われ世界各国から多くの人が訪れることにより、交流人口の拡大に寄与することを期待できると考えます。本市がデフリンピックを応援する取組に積極的に参加していくべきと考えますが、御所見を伺います。
次に、小規模保育事業の年齢制限の課題について伺います。
小規模保育園は待機児童問題解決のために生まれ、全国で急速に広まり、その解決の一翼を担ってまいりました。本市では二年連続で待機児童ゼロを宣言しており、その御努力に敬意を表すものであります。しかし、希望する保育園に入れない入所待ち待機児童の隠れ待機児童問題や、きょうだいが同じ保育園に通えないというきょうだい別園問題がいまだに解決をしておりません。
また、その一方で、既に市内においても、保育園の定員割れの問題が大きくなってきております。厚生労働省によると、保育所の利用児童数のピークは令和七年となる見込み、つまり二〇二五年頃に保育の需給バランスは逆転するということになるようです。二年連続待機児童ゼロとなった本市は、今後についてどのような見込みを立てているか伺います。
私は、改めて、定員割れの影響が致命的となる小さな保育園、小規模保育事業の存在意義を考えるフェーズになっているのではないかと考えます。当事者からお声を伺うと、行政の認可保育所と小規模保育所への対応を見比べると、人口減少局面において、認可保育所を残し小規模保育所は淘汰していこうとしているのではないかとの声も聞かれます。二〇一五年から小規模保育所を広めるだけ広めておいて、待機児童ゼロとともに見捨てるようなことがあってはなりません。
本市には、我が会派も推進してきたせんだい保育室として、長年にわたり待機児童解消に貢献されてきた事業者も多くあります。その中には、あえて認可保育所を目指さず、家庭的な雰囲気を大切にして、子供たちのニーズに寄り添い、保護者一人一人まで心配りをしながら、総合的な保育を目指して努力されてきた園長先生もおられます。大規模な保育園では得難いきめ細やかな人間関係を生み出す小規模保育所に通う保護者からは、子供も安心して家庭的な雰囲気で育ち、私たちも母のように慕う園長先生に何でも相談しながら、この大変な子育て時代を乗り越えてきたとの感想もありました。
このように待機児童解消に大きな貢献をされ、また、それぞれに特質を生かして多様な保育環境を生み出されてきた小規模事業者様に対して、御当局はどのような評価と現状認識を持たれているか、御所見を伺います。
認可保育所と比べて定員割れを起こしやすいのは、どうしても小規模保育所のほうであります。三歳の壁と呼ばれ、二歳以下までしか受け入れられない小規模保育所の保護者は、三歳を前にもう一度保育園を探さなくてはならなくなります。家庭的な保育園が希望だが、大変な保育園探しを二度しなくてはならないのであれば、初めから大規模の認可保育園に入れようと、諦めてしまうことになります。そこで必要なのは三歳の壁の撤廃であります。
令和五年四月二十一日、こども家庭庁は、小規模保育事業における三歳以上児の受入れについてとの通知を発信いたしました。要約すると、小規模保育事業は原則として三歳未満児の保育を行う事業であり、また、国家戦略特区においては、事業者の判断により、小規模保育事業の対象年齢をゼロから五歳の間で柔軟に定めることが可能となっていると前提した上で、今般、小規模保育事業について、子供の保育の選択肢を広げる観点から、全国において、満三歳以上の幼児を受け入れることについて市町村がニーズに応じて柔軟に判断できることとしたという通知を出したのであります。
これまでは、三歳以上の子供の発達には集団での保育が大切だとして、原則として利用を二歳以下の子供に限ってきた背景があります。しかし、集団保育にメリットがある一方で、幼児一人一人の発達に寄り添える保育、一人一人が主体性を目指す保育の形も評価されてきています。小規模で同学年の集団が少ない代わりに、自然に下の年齢の子供たちの面倒を見るようになるような保育の形、きょうだいが少ない時代だからこそ、そのような経験をさせたい保護者もおります。その選択肢は広げる必要性があるのではないでしょうか。
また、待機児童ゼロとなった本市は、きょうだい別園問題が喫緊の課題です。であるならば、小規模保育園の年齢制限を撤廃することが、保護者の選択肢を増やし、さらには小規模保育園の事業継続の可能性を広げることになります。
子育てするなら仙台を標榜し、せんだい保育室という先進的な事業を行ってきた本市であればこそ、この機会をもって全国に先駆けた小規模保育事業者の年齢制限の完全撤廃を求めるものですが、御所見を伺います。
次に、中心部震災メモリアル拠点について伺います。
東日本大震災から十二年半、国際センター駅北地区複合施設の基本構想も整いました。中心部メモリアル拠点の基本方針には、災害文化の創造拠点とあります。災害文化創造というと、少し違和感を感じる方もいらっしゃるようです。何か高尚なことを考えているかのように受け止められる響きです。災害文化の創造とは一体何なのか、基本構想を読んでもなかなか分かりにくいのですが、私はもう少し単純なことだと考えます。基本構想には、災害対策に完璧はないとの教訓を忘れることなく後世に伝えていかなくてはならないとあるとおり、絶対に悲劇を繰り返さない文化、それが災害文化の創造であると私は考えます。
その中で、気になることがあります。例えば、仙台市震災メモリアルのホームページには、震災遺構仙台市立荒浜小学校を紹介する文章があります。その一文には、荒浜小学校は海岸線から約七百メートル内陸に位置し、震災前には九十一名の児童が通っていました。津波により校舎の二階まで浸水しましたが、校舎内に避難していた児童や教職員、地域住民ら三百二十名は、翌日までに全員無事救出されました。校舎内部では、破損した教室や被災直後の写真、当時の状況を振り返る映像などにより、津波の脅威を伝えている云々と書いてあります。
私は、この文章を読んで少し疑問を持ちました。確かに間違いはないのですが、何か希望の象徴のような側面だけが強調され、津波の恐ろしさ、教訓を伝えられる一文となっているのだろうかと。例えば、校舎内に避難していた児童や教職員、地域住民ら三百二十名は、翌日までに全員無事救出されましたとの文章です。校舎内にいた方は全員助かったかもしれませんが、校庭ではお亡くなりになっている方がおられます。
荒浜地区は住民の一割に当たる百九十人以上が亡くなっており、荒浜小学校付近でも複数の方が亡くなられております。その中には、仙台市のために命をかけてくださった消防団員がおられました。七郷分団荒浜部、和地克倫さん、享年三十一歳です。最後の最後まで市民を避難させるために尽力をされたと伺っています。しかしながら、私は、和地さんの行動をとどめる本市の詳細な記録を見つけることができませんでした。
大震災において本市のために誇り高き精神を示された和地さん。宮城野区にもお二人の殉職消防団員がおられましたし、避難誘導で殉職された若林区役所職員お二人もおられました。自らの危機をも顧みず、強い使命感、勇気ある行動に、衷心より敬意と感謝の念をささげます。
本市は、震災時の消防団の活動をどのように把握されているのでしょうか。また、その尊い活動をどのように顕彰してきたのか、殉教された消防団の慰霊の在り方についてお伺いいたします。
災害文化とは、絶対に悲劇を繰り返さない文化であるべきだと私は考えます。私も被災三県の震災遺構、震災メモリアル施設を見てまいりましたが、とかく行政がつくる震災メモリアルは、全員無事救出されましたとの表示になりやすいと思います。ストーリーとしてはよいのですが、教訓としては伝わりにくいのです。きれいな災害文化をつくろうとしてしまう心理が働いてしまう気がいたします。
しかし、私は、救うことができなかった命の教訓こそ、次世代に伝えていく必要があると考えます。和地さんは、最後まで沿岸部の方々を避難させ続け、荒浜小学校校庭で殉教された方であります。その姿を後世に残し、そして救援に当たる者も最後には助からなくてはならないとの教訓も残していかなくてはならないはずです。震災遺構荒浜小学校に、和地克倫さんの尊い行動の記録を展示すべきものと考えますが、御所見を伺います。
また、中心部メモリアル施設には、宮城野区で殉職されたお二人の消防団員、また避難誘導で殉職された若林区役所職員お二人の行動の記録と顕彰も、和地さんと共に残していくべきものと考えますが、御所見を伺います。
震災遺構の中でも、児童七十四名、教職員十名が亡くなった石巻市の大川小学校は、救えなかった命に向き合わざるを得ない悲しい遺構です。郡市長は訪問されたことはありますでしょうか。そして、大川伝承の会など、御遺族のお話を聞いたことはありますでしょうか。震災遺構大川小学校について、市長はどのように思いを寄せておられるか、お伺いいたします。
宮城県教育委員会では、二〇二〇年から、宮城県全域から校長先生を集めて校長研修を行っています。救いたかった、でも救えなかった命、そこに真摯に向き合うことで、未来を開くことができると考えます。宮城県の中で仙台市の校長先生だけが、この場で研修をしていないことになります。本市も大川小学校で校長研修をすべきと考えますが、御所見を伺います。
中心部メモリアル施設の基本計画が今後策定されていきます。私は、大震災をきれいな記録にしてはならないと考えます。和地さんをはじめ、最後の最後まで戦い抜いて殉職された職員の皆様の記録が、なぜ公開されていないのか。救えなかった命に蓋をしてしまう行為になってしまうと思います。命がけで闘ってくださった方々の教訓こそが未来の命を救うものと信じます。中心部メモリアル施設には、彼らの行動や記録をしっかりと残していくことを求めます。
また、災害文化の創造とは絶対に悲劇を繰り返さない文化の創造であることを認識し、救えなかった命に真摯に向き合った中心部メモリアル施設の基本計画を立てていくことを求めます。市長の御決意を伺います。
以上、明快な御答弁を求め、私の第一問といたします。
御清聴ありがとうございました。(拍手)
◯市長(郡和子)
◯市長(郡和子)ただいまの竹中栄雄議員の御質問にお答えを申し上げます。
デフリンピック開催に合わせた共生社会の構築のための啓発について、まずお答えをいたします。
障害の有無にかかわらず、誰もが安心して暮らせる共生社会の構築に当たりましては、広く市民の皆様に障害に対する理解を深めていただく、浸透すること、このことが重要だと認識をしております。
これまで、聴覚障害に関連した取組といたしましては、障害のある方が企業等で講演を行う障害理解サポーター事業や、障害のある方もない方も共に話し合うココロン・カフェ、児童館などで実施する手話ワークショップなどを行っているところでございます。
二〇二五年に東京でデフリンピックが開催をされることは、聴覚障害をはじめとする障害への理解をさらに深めていく好機になりますことから、デフアスリートや関係機関の皆様とも連携をして、様々な工夫を凝らしながら、共生社会の構築に向けての一層の取組を進めてまいりたいと存じます。
それから、中心部震災メモリアル拠点についての数点のお尋ねに私からお答えを申し上げます。
未曽有の東日本大震災から得た大きな教訓というのは、防災には終わりがないのだということでございます。防災環境都市である本市には、過去の経験と教訓を未来に継承して、災害から命を守るすべを考え続ける災害文化を醸成し、そのすべを市民の皆様の日常に織り込んでいく責務があるものと受け止めております。
私は、以前、石巻市の震災遺構大川小学校をお訪ねしました折に、津波により命を落とされた児童の御遺族の方からもお話を伺っております。このような悲しい出来事は決して起こしてはならないという、その強い思いを心に刻んだところでございました。
本市でも、震災時、住民の命を守る任務に当たられていた消防団員や警察官、それから本市職員が殉職をされております。そうした方々の行動を後世に伝えていくこと、失われた多くの命が私たちに残した悲しみや苦しみ、痛みについても未来に継承していくことにつなげる、このことが災害から命を守る災害文化の創造につながるものと考えます。
多くの貴い命が失われたこと、このことを教訓とした災害文化の創造、発信の場となりますよう、中心部震災メモリアル拠点の整備に向けた検討を着実に進めてまいる所存でございます。
そのほかの御質問につきましては、関係の局長から御答弁申し上げます。
私から以上でございます。
◯まちづくり政策局長(梅内淳)
◯まちづくり政策局長(梅内淳)震災遺構荒浜小学校等における殉職された消防団員の方などに係る記録の展示、顕彰についてのお尋ねにお答えを申し上げます。
震災から十二年が経過しまして直接の経験がない世代が増える中、震災により多くの方の命が失われたこと、命がけで職務に当たった方がおられたことなどの事実につきましても、しっかりと後世に継承しなければならないものと認識しております。
今後、殉職をされました消防団員の方あるいは区役所職員などの記録につきまして、荒浜小学校あるいは中心部震災メモリアル拠点において展示等でどのようにお伝えしていくのか、このことにつきまして、関係部署とも連携し、具体的に検討してまいりたいと存じます。
◯健康福祉局長(加藤邦治)
◯健康福祉局長(加藤邦治)デフリンピック支援と共生社会の推進についてのお尋ねのうち、市長がお答えした以外の部分についてお答え申し上げます。
初めに、障害のある方のスポーツや文化芸術に関する取組についてでございます。
障害のある方がスポーツや文化芸術に取り組むことは、社会参加や生きがいにつながるものでございまして、また、それらを通して障害のある方とない方が交流することにより、市民の障害理解も深まるものと考えてございます。
こうした認識の下、障害のある方を対象とした各種スポーツ大会、絵画や書道コンクールなどを開催しているほか、障害のない方も参加できるパラスポーツ体験会や障害者アート展の開催などを行ってきたところでございます。
次に、情報のバリアフリー推進に関する取組についてでございます。
障害のある方が社会のあらゆる分野に参加するためには、必要な情報を十分に取得、利用しながら、円滑な意思疎通を図ることが重要と認識しております。
本市では、これまで、視覚障害者への点字や音声資料の提供、知的障害者へのルビつき資料の提供、コミュニケーションボードの活用、聴覚障害者や盲聾者への手話通訳者等の派遣などに取り組んでまいりました。
また、本年十月には、いわゆる障害者差別解消条例の改正による事業者の合理的配慮提供の義務化に伴い、新たに障害当事者によるアドバイザーの派遣や各種イベント等への手話通訳者等の配置に関する補助金を創設いたします。
引き続き、こうした各般の取組を通して、障害のある方の情報バリアフリーの取組を進めてまいります。
次に、手話や手話言語条例の理解促進についてでございます。
現在、本市では、手話の理解促進に向け、市民の方や事業者の皆様を対象とした手話ワークショップや障害理解サポーター事業を実施しているところでございます。
手話は聴覚障害のある方が社会生活を送る上で不可欠な言語であると認識しており、今般の障害者差別解消条例の改正では、手話が言語に含まれることを明記するとともに、情報取得や意思疎通の手段の選択の拡大、確保について追加したところでございます。引き続き、県の手話言語条例と併せ、周知啓発に努めてまいりたいと存じます。
以上でございます。
◯こども若者局長(白山幸喜)
◯こども若者局長(白山幸喜)私からは、小規模保育事業に係る数点のお尋ねにお答えをいたします。
初めに、今後の保育需要についてでございます。
保護者の就労等により保育を必要とする児童の数は、共働き世帯の伸び以上に就学前児童数の減少が見込まれることから、令和五年度当初をピークに、本市では減少に転じるものと見込んでおります。
他方で、現在、国におきまして、保育施設の有効活用に向け、就労要件を問わず保育施設を利用できる(仮称)こども誰でも通園制度が検討されておりまして、これにより一定の保育需要の創出も見込まれるところでございます。
次に、小規模保育事業の評価と現状認識についてでございます。
小規模保育事業の皆様におかれましては、三歳未満児の保育の受皿として待機児童解消に貢献をいただくとともに、小集団でのきめ細かな保育という特色を生かし、未来を担う子供たちの健やかな育ちのために御尽力をいただいております。
一方で、多くの施設では欠員が発生しておりまして、市内の事業者向けに実施しているアンケートでも、今後の需要減少による影響を心配する声が聞かれるなど、経営状況に不安を抱える施設もあると認識してございます。
このため、これまで各施設の欠員状況に応じながら定員変更に対応するとともに、欠員が生じやすい年度当初の運営費に対する助成などを行ってきたところでございます。
最後に、年齢制限の撤廃についてでございます。
三歳以上児を受け入れることについて市町村が柔軟に判断できることとされた国の通知を受けまして、本市では、保育環境を変えることなく継続保育を望んでいる特別支援保育の利用児童、これに加えまして、現在、同じ小規模保育事業を利用しているきょうだい児については、来年四月までに三歳になる児童から、一定の要件を設けた上で、小規模保育事業での受入れを可能とする予定としてございます。
一方で、国の通知では、三歳児以降は子供の人数の多い集団生活の中で育つことが発達段階として重要であるともされておりまして、入所児童のほとんどが三歳未満児の中で保育を行うことによるその育ちへの影響について今後確認するとともに、現在、国において就学前までの児童の受入れを可能とする制度改正が検討されておりますことも踏まえ、今後、さらに小規模保育事業の年齢要件を検討してまいりたいと存じます。
以上でございます。
◯文化観光局長(金子雅)
◯文化観光局長(金子雅)私からは、デフリンピックへの関わりについてお答えいたします。
国際的な障害者スポーツ大会の開催に際し、各国選手団を受け入れ、練習環境等を提供することは、共生社会実現に向けた市民意識の啓発はもとより、海外から来られる多くの関係者に本市の魅力を感じていただく貴重な機会にもなるものと認識をしております。
さきに開催されました東京二〇二〇オリンピック・パラリンピック大会に際しても、本市はホストタウンとしてイタリア共和国のパラ競技の事前合宿を受け入れ、練習会場の提供に加え、競技体験会の実施などの取組を行ったところでございます。
二〇二五年に東京で開催されることが決定した第二十五回夏季デフリンピック競技大会については、その詳細がまだ明らかとなっておりませんが、これまで蓄積したホストタウンとしての知見などを生かし、本市として選手の方々にどのような支援ができるか、検討してまいりたいと存じます。
以上でございます。
◯消防局長(結城由夫)
◯消防局長(結城由夫)東日本大震災で殉職をされた消防団員の活動の把握とその顕彰、慰霊に関する御質問にお答えをいたします。
東日本大震災では、住民の避難誘導等の活動中に宮城野消防団で二名、若林消防団で一名の団員の方が津波に見舞われ亡くなられており、その際、活動を共にした同僚の団員などから当時の状況をお伺いし、その活動内容等を把握してございます。
この尊い活動を行った三名の消防団員に対しましては、叙勲が授与されますとともに、仙台市長、宮城県知事、そして消防庁長官からも顕彰状等が贈られています。
慰霊につきましては、三名の団員を含めまして、これまで殉職された職団員の御霊を弔う慰霊碑が西公園敷地内に建立をされております。また、宮城県消防協会主催により隔年で執り行われる殉職者の合同慰霊祭に、消防職団員幹部が参列しまして、殉職者を二度と出さぬよう、消防活動時の安全確保に誓いを新たにしているところでございます。
以上でございます。
◯教育長(福田洋之)
◯教育長(福田洋之)校長研修における震災遺構大川小学校の視察についてお答えをいたします。
児童生徒のかけがえのない命を預かる学校の責任者である校長が震災遺構を訪れ、教訓を学び、学校の防災対策につなげていくことは、重要であるというふうに認識をしております。
本市の新任校長研修では、震災遺構荒浜小学校において、当時の校長等を講師とする講義を行っておりますが、多くの児童と教職員が犠牲となった大川小学校を訪れ、二度とこのようなことを繰り返さないよう、その教訓を現地で学ぶことは意義のあるものというふうに考えますので、今後、検討をしてまいりたいというふうに存じます。
以上でございます。
◯十五番(竹中栄雄)
◯十五番(竹中栄雄)御答弁ありがとうございます。デフリンピック、メモリアル施設の取組、また校長研修と、本当に前向きな御答弁をいただきまして、敬意を表するものであります。
ただ、一点、小規模保育の年齢制限については、ちょっと苦言も呈させていただきたいなと思います。
私、今回、通告を九月十三日に出させていただいて、九月十五日にも御当局とやり取りをさせていただいたところですけれども、先ほどいただいた答弁の内容が、実際に九月十九日、おとといですね、小規模保育に発信されているという状況があったかと思います。やっぱり今日せっかく議論をするのであれば、本日の議論を待ってから発信をしてほしかったなという気がいたします。
先ほどありました答弁の中には、特別支援保育を利用する児童の継続入所であるという特例、そして、きょうだい児の継続入所であるという特例の場合、今回認めようということになりました。しかし、そのきょうだい入所のときも、令和六年度は三歳児クラスのみ実施するということで、令和七年度以降は、国の動きや令和六年度の受入状況を踏まえて検討しますと、こういう条件がついているかと思います。
やはりこういう条件では、今、非常に重要なきょうだい別園問題が大事なところにあって、令和六年だけは受け入れることはあるけれども、その先は分からないよという状況であれば、不安でしようがないという状況になります。これをなぜ制限をかけるのか、ここが私にはちょっと理解できない。中途半端な制限がまさに今回かかっていると思いますので、そこについて、もう一度御答弁をいただきたいと思います。
◯こども若者局長(白山幸喜)
◯こども若者局長(白山幸喜)再度のお尋ねにお答えいたします。
まず、来年の四月からの通知につきましては、配慮が足りず、大変申し訳ございませんでした。
その上で、来年度からの本市の対応ということについてのいきなり全ての年齢を撤廃するに至らないその理由ということでございますけれども、小規模保育事業におきましては、三歳以上児の受入れを可能とすることによりまして、現在入所保留児童の多い三歳未満児の受入枠、これが減少するということが一点懸念されるということ、それから、現在比較的余裕のあります三歳以上児の受入れを小規模保育事業でも行うこととなりますので、認可保育所ですとか認定こども園を利用されている児童が減少することで、そちらの運営への影響も懸念されるといったようなところも考え合わせますと、来年度からいきなり全てを年齢制限を撤廃するというわけにはなかなかいかないのかなというふうに思っておりまして、ただ、現状でよしとするわけではございませんし、きょうだい別園の問題はこの制度の緩和だけでまた解消されるというものでもございませんので、そういった点も様々な施策をこれからまたさらに勘案しながら、引き続き、国の動向も踏まえて検討させていただきたいというふうに考えています。
◯十五番(竹中栄雄)
◯十五番(竹中栄雄)やはり市長ですね、市長にも答弁をいただければと思うんですけれども、今私どもの喫緊の課題となっている、今待機児童がゼロになってきょうだいが別園になっている、ここを解消することにも大きな寄与ができる状況になっています。それが、この三歳以上を受け入れるということによって、今回国もそれを柔軟に市町村で決めていいという発信が出たわけであります。ここでまた制限をかけてしまうというのは、本当に大きな、子育てするなら仙台といって、今回この小規模保育、また受け入れやすい体制をつくろうとしている中で、これは私はもう本当に要らない制限をかけたなというふうに、一年間だけ延ばす、様子を見る、国の動向や雰囲気を見てからまた決めますという、本当に要らない制限だと思うので、ここはやっぱり市長、もう一度考え直して、一歩前進、仙台市は全国に先駆けた挑戦をすると、こういう決意を語っていただきたいところなのですが、御答弁をいただきたいと思います。
◯市長(郡和子)
◯市長(郡和子)再度の小規模保育事業の受入年齢の撤廃についての御質問でございます。
かつては、特区で三歳以上児を受け入れるということで取組を進めている自治体もございました。今般、国のほうから、そういう形で自治体に任されている部分が出てきたということでございます。これも重く受け止めながら、本市の状況もいろいろと勘案した上で、今般、このように令和六年度までということで、一旦通知をさせていただいたものと思います。
先ほど来、局長も答弁いたしましたけれども、様々なほかの保育施設の問題、それからまた保護者の方々の状況、それらも勘案した上で、今後についてどのようにしていくのか、やはり決めていかなくちゃいけないだろうと思います。今の段階ですぐさま全て撤廃することでいいのかということについては、いろいろなまたこれも御意見があろうかと思っておりまして、一旦はお時間をいただければというふうに思うところでございます。
以上でございます。
出典:仙台市議会会議録検索システム(竹中栄雄議員の発言と、それに対する当局側の答弁)